自筆証書遺言①

自筆証書遺言については,民法968条1項において,「遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。」と定められています。

この規定から,自筆証書遺言の要件は,①全文の自書,②日付の自書,③氏名の自書,④押印の4つであることが分かります。

まず,要件①についてですが,「全文」とは,遺言書の実質的内容である遺言事項を書き表した部分,つまり本文のことです。

そして,「自書」とは,遺言者が自らの手でこれを筆記することを意味しますが,何らかの事情で手で文字を書けない人については,口や足で書いた場合も,これを自書とみて差し支えないとされています。パソコン等を用いて記載したものは,この「自書」の要件を欠き,無効とされます。また,他人の代筆によるものは,たとえ遺言者が口授するところを逐一筆記したものであっても,「自書」とはいえませんので,無効となります。

それでは,病気その他の理由に寄り手が震えるなどして文字を書くことが困難な場合に,他人の添え手による補助を受けて遺言が作成された場合は,「自書」の要件を充たすといえるでしょうか。

この点について,最高裁は,原則として当該遺言は無効であるとしつつ,「①遺言者が証書作成時に自書能力を有し,②他人の添えて賀,単に始筆もしくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか,又は遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されており,遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり,かつ,③添えて賀右のような態様のものにとどまること,すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが,筆跡の上で判定できる場合には,『自書』の要件を充たすものとして,有効であると解するのが相当である。」と判示しています(最判昭和62・10・8家月40・2・164)。

次回も,引き続き,自筆証書遺言について,ご説明します。

 

 

 

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マンション管理費等の滞納者に対する訴訟の弁護士費用の請求

マンション管理組合から,管理費等の滞納をしている区分所有者に対して,請求をしても支払いがなされない場合,最終的には弁護士に委任することはよくあることです。

しかし,弁護士費用が発生することから,少額の場合などは,なかなか弁護士に依頼することが難しいと思われます。

国土交通省が定めるマンション標準管理規約の67条第4項には,「前項の訴えを提起する場合,理事長は,請求の相手方に対し,違約金としての弁護士費用及び差し止め等の諸費用を請求することができる」とあります。

この弁護士費用についての裁判例として,平成26年4月16日の東京高等裁判所判決があります。

違約金としての弁護士費用の請求がどこまで認められたのでしょうか?

当該マンションの規約においては,「管理組合は,区分所有者に対し,滞納管理費等,その遅延損害金及び違約金としての弁護士費用を加算して請求することができる」と定められており,管理組合をこの規定を根拠に,訴訟委任のために要した弁護士費用一切,合計102万9565円を請求しました。

結論から言えば,一審の東京地裁では,弁護士費用は50万円のみが認められ,控訴審では,上記合計102万9565円が全額認められました。

そして,マンション規約の定め方について,裁判所は,違約金としての弁護士費用の請求の根拠となる条項の記載について,『その趣旨を一義的に明確にするためには、管理規約の文言も「違約金としての弁護士費用」を「管理組合が負担することになる一切の弁護士費用(違約金)」と定めるのが望ましいといえよう。』としており,実務的にはこのように定めて疑義の残らないような明確な規約とすることが大切です。

なお,上記高裁の判決文の該当部分は以下のとおりです。

 そこで、判断するに、国土交通省の作成にかかるマンション標準管理規約(甲8)は、管理費等の徴収について、組合員が期日までに納付すべき金額を納付しない場合に、管理組合が、未払金額について、「違約金としての弁護士費用」を加算して、その組合員に請求することができると定めているところ、本件管理規約もこれに依拠するものである。そして、違約金とは、一般に契約を締結する場合において、契約に違反したときに、債務者が一定の金員を債権者に支払う旨を約束し、それにより支払われるものである。債務不履行に基づく損害賠償請求をする際の弁護士費用については、その性質上、相手方に請求できないと解されるから、管理組合が区分所有者に対し、滞納管理費等を訴訟上請求し、それが認められた場合であっても、管理組合にとって、所要の弁護士費用や手続費用が持ち出しになってしまう事態が生じ得る。しかし、それは区分所有者は当然に負担すべき管理費等の支払義務を怠っているのに対し、管理組合は、その当然の義務の履行を求めているにすぎないことを考えると、衡平の観点からは問題である。そこで、本件管理規約36条3項により、本件のような場合について、弁護士費用を違約金として請求することができるように定めているのである。このような定めは合理的なものであり、違約金の性格は違約罰(制裁金)と解するのが相当である。したがって、違約金としての弁護士費用は、上記の趣旨からして、管理組合が弁護士に支払義務を負う一切の費用と解される(その趣旨を一義的に明確にするためには、管理規約の文言も「違約金としての弁護士費用」を「管理組合が負担することになる一切の弁護士費用(違約金)」と定めるのが望ましいといえよう。)。
 これに対して、控訴人は、違反者に過度な負担を強いることになって不合理である旨主張するが、そのような事態は、自らの不払い等に起因するものであり、自ら回避することができるものであることを考えると、格別不合理なものとは解されない。
 以上の判断枠組みの下に、本件をみるに、被控訴人は、本件訴訟追行に当たって、訴訟代理人弁護士に対し、102万9565円の支払義務を負うが(甲5)、その額が不合理であるとは解されない。
 したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件管理規約36条3項に基づき、「違約金としての弁護士費用」102万9565円の支払義務がある。

 

マンション管理組合保管の文書の写真撮影は可能か?

今日は,平成28年12月9日大阪高等裁判所判決の事案をご紹介します。

この事案は,301戸を抱える大規模マンションの管理組合(いわゆる権利能力なき社団)が保管する文書について,当該マンションの区分所有者が閲覧と,その際に『写真撮影』をする権利があるのかないのかが争われたものです。

まず,裁判所は,マンション管理組合と区分所有者の間の法律関係について,組合とと組合員との間には,前者を敷地及び共用部分の管理に関する受任者とし,後者をその委任者とする準委任契約が締結された場合と類似の法律関係,すなわち,民法の委任に関する規定を類推適用すべき実質があるという前提を認定しました。

そして,組合保管文書の閲覧謄写の根拠として,民法645条の規定(条文:受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。)を類推適用できるだろうかについて検討しました。

この点について,裁判所は,適正化推進法の規定及びマンション管理適正化指針の趣旨を酌み,さらに,一般社団法の規定も踏まえ,

・管理組合と組合員との間の法律関係が準委任の実質を有すること

・マンション管理適正化指針が管理組合の運営の透明化を求めていること

・一般法人法が法人の社員に対する広範な情報開示義務を定めていること

という理由から,管理組合と組合員との間の法律関係には,これを排除すべき特段の理由のない限り,民法645条の規定が類推適用されると解するのが相当であると判断しました。

 管理組合は,組合員からの求めがあれば,その者に対する当該マンション管理業務の遂行状況に関する報告義務の履行として,業務時間内において,その保管する総会議事録,理事会議事録,会計帳簿及び裏付資料並びに什器備品台帳を,その保管場所又は適切な場所において,閲覧に供する義務を負うということです。

ここで,各書類について,閲覧義務を認めていますが,無制限ではありません。

「業務時間内」に,「その保管場所又は適切な場所」において閲覧に供すればいいのです。

請求者の請求が夜間や区分所有者の居室であってもそのような個別のリクエストにまで応じる義務はないということです。

では,閲覧義務を負うとしても,閲覧の方法として,『写真撮影』まで認められるでしょうか。

この点,裁判所は,『少なくとも,閲覧対象文書を閲覧するに当たり,閲覧を求めた組合員が閲覧対象文書の写真撮影を行うことに特段の支障があるとは考えられず,管理組合は,上記報告義務の履行として,写真撮影を許容する義務を負うと解される。』と判断しています。

逆に言えば,この判決からは,コピー機でコピーをさせるとか,閲覧場所にコピー機がなければ,文書の持ち出しを許可することまでは許容しておらず,その点まで義務として認める判断をしたわけではないことに注意です。

 

組合員名簿の閲覧については,そもそも,本件マンション管理規約に閲覧を求める規定が定められていましたが,個人情報保護の観点から,この規定は無効だという主張がされました。

この点について,裁判所は,

・国土交通省が定めた標準管理規約64条は,個々の区分所有者に対し組合員名簿の閲覧請求権を認めていること

・一般法人法32条は,一般社団法人の個々の社員に対し社員名簿の閲覧謄写請求権を認め,会社法125条は,株式会社の個々の株主に対し株主名簿の閲覧謄写請求権を認めていること

・区分所有法34条3項及び4項は,少数組合員が総会を招集する場合があることを定めているが,少数組合員が組合員名簿を閲覧できなければ上記規定の実効性を確保することができないおそれがあること

を理由に,閲覧請求権を定めた規約は有効としました。

その上で,「例外的に」,情報開示を拒絶できる場面に該当するかについても,本事例では否定しました。

本事例で,組合員が開示を請求した経緯は,管理組合が発注する大規模工事(予算8400万円)の請負業者が,特定の組合員と利害関係があり,不正が行われているらしいという噂があったところ,理事会が業者選定経過を何も説明しないこと,組合の役員人事の選任に不透明な点があったこと等に不審を抱いた組合員が,管理組合に工事に関する資料の開示を求めたのに,何ら資料が開示されず,明示的に資料の開示を拒絶したため,管理組合の運営に不信感を抱いたというものでした。文書の閲覧請求には,なるほどうなずける相応の理由がありました。

 

上記判例から考えると,管理規程に定められていたとしても,名簿等の個人情報に関する閲覧請求に際しては,その理由について確認する必要があり,無制限に応じなければならないということではないと言えます。名簿を第三者に売るなどの不当な目的をもっていれば拒絶が可能な場合もありますので,特に名簿の開示については慎重な判断を要すると思われます。

マンション管理費等の特定承継人への請求

分譲マンションの修繕積立金や管理費等の滞納は管理組合の大きな悩みの一つです。

さて,分譲マンションは売買等により区分所有者が転々と変わることもあり,滞納管理組合費等を未回収のままいなくなった・・・という場合もよくあると思います。

その場合,新しい区分所有者(特定承継人)に対しても滞納分の請求ができるという根拠条文は,区分所有法第8条及び第7条です。

では,区分所有権が転々とし,滞納者A→B(中間取得者)→Cと移った場合,組合は,現所有者であるCに請求できることは明らかですが,BにもAの滞納金を全額上記8条を根拠に請求できるでしょうか?

この点については,裁判所は,Bはもう区分所有者ではないので否定するという考え方をしていたこともありましたが,現在は,Bに対しても請求可能と肯定するものが多くなっています。

理由としては,管理費等の債権保護を優先する政策的判断や条文の文言等からも限定的な責任に解釈する根拠がないとされています。

ですから,区分所有権が転々とした場合には,請求は現所有者のみではなく,中間取得者に対しても請求し,確実な未納金の回収を図るべきです。

また,未納金で注意すべきは,管理費等は,民法第169条の定期給付債権の短期5年の消滅時効が適用されるので,のんびりしていると請求権が消滅してしまいかねません。

区分所有権を移転すれば,組合の管理規約上,区分所有者の変更,組合への加入届が手続的に求められているのが通常ですが,この届出が必ずしも守られていないこともままあります。

そのため,管理組合が,現所有者を把握できずにいた場合,現所有者に対して請求していない客観的事実が継続し,現所有者については時効期間が経過し,現所有者から時効を援用されてしまった場合は,現所有者に請求できないのでしょうか?

このような事例として,平成27年7月16日東京地裁の控訴審判決(一審 東京簡易裁判所)があります。

Aが管理費等を未納したまま,Bに区分所有権を移転し,さらにBが未納金の支払い未了のまま,Cに区分所有権を移転しました。しかし,Cは,Bの名義のまま管理等を支払い続け,区分所有者の変更届を管理組合に提出しませんでした(なお,Cは,Bの代表取締役でした)。

管理組合は,AとBに対して支払いの催告(民法153条)をし,さらに東京簡易裁判所に支払督促(150条)の申立をし,AとBに対しては時効中断が認められました。

ところが,管理組合は,Cが現区分所有者ということを知らなかったので,Cについては,時効期間が経過し,Cが時効を援用する意思表示をしました。

この点については,東京高裁は,Cによる時効援用の意思表示については,信義則に反して権利濫用であるという判断をしました。

理由は,管理組合がCに時効中断措置をとれなかったのは,CがAの滞納を知りながら,Cが管理規約に反し,区分所有者の変更届をしなかったからであって,管理組合の権利行使を著しく困難にさせた要因はCの行動にあるからだとしました。

このように,原則としては,時効の中断は相対効といって,債務者各自に対して中断措置をとらなければならず,債務者のうち一人に対して中断しても効果はないので,この場合も,新所有者のCには中断措置をとっていない以上,Cは時効の援用が可能なはずです。

しかし,管理組合が時効中断措置をCに対してとれなかった原因が,Cの違反行為等にある以上,Cはその権利を行使する,つまり時効の援用をするのは信義に反するという例外的な判断をして,Cの時効援用を認めませんでした。

時効については,上記のような裁判所の判断もありますので,細かな事情を検討して未納金請求をあきらめないケースも考えられるということです。

ただし,未納金の回収としては,あくまでも短期時効は5年ということを念頭において,早めの措置が重要です。

 

 

就業規則ありますか?

みなさんの会社は,就業規則を定めていますか?

従業員のみなさんは,就業規則を見たことがありますか?

実は就業規則がない!とか,あるけれど,会社の書類棚の奥にしまったまま,誰もどこにあるのかよくわからない・・・ということも。

就業規則は,会社にとっても従業員にとっても,大変重要な基本的ルールです。

労使間でトラブルになったときに初めて中身を確認してみた・・・というのではリスク管理としては非常に危険です。

私たち弁護士は,労使間トラブルが発生したときは,必ず就業規則を見せてください,とお願いします。

まずは,自分の会社の就業規則があるか確認し,中身を読んでみてください。

そうしてみたところ,会社設立当初に作って一度も内容を変更していない,手書きの就業規則で内容が今のルールと全然あっていないということもあります。

就業規則は,常時10人以上の労働者を使用する事業場では必ず作成する必要がありますが,10人未満でも就業規則を作ることを強くおすすめします。

なぜなら,就業規則をきちんと定め,従業員に周知徹底することで防げる労使間トラブルは多々あるからです。使用者にとっても,労働者にとっても,適切な就業規則を定めることでいろんなトラブルから自己防衛ができることは間違いありません。

そこで,まずは,後回しにしないで,就業規則を確認し,業務内容に適合した就業規則を作成,または変更しましょう。

ただし,就業規則は労働法規に沿った内容で制定する必要がありますし,業務内容によって,就業規則の内容は様々ですから,簡単とは言えません。書籍やインターネットの就業規則案を丸写しするのは危険ですから,一度,弁護士にチェックしてもらうのが近道です。

就業規則の不利益変更

給与や退職金などを会社の業績等から減額する方向で変更せざるを得ないとき,既存の就業規則の変更が必要になります。

就業規則で,従業員に不利益にその内容を変更することについて,従業員や労働組合が承諾した場合は問題ありません。

しかし,不利益を被る労働者がそう簡単に同意するとは限りません。

その場合,個々の従業員や労働組合の同意のないまま,就業規則の不利益変更をできるでしょうか?

この問題については,古くから議論されていますが,今でも事業者の悩みの種です。

最高裁(大法廷,昭和43年12月25日判決)は,「就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない」としつつ,「当該条項が合理的なものである限り,個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として,その適用を拒否することは許されない」としています。

そして,最高裁(第一小法廷,平成12年9月7日)は,合理性の判断について,「当該変更が,その必要性及び内容の両面からみて,これによって労働社が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有する」ことが必要としています。

特に,労働条件の中核である賃金や退職金などについての不利益変更はこの合理性の判断のハードルが高く,

① その不利益を労働者に法的に受任させることを許容することができるだけの高度の必要性

② ①の必要性に基づいた合理的な内容

を要件としています。

では,給与規程等の不利益変更の場合,実際にどういう場面で同意がなくても不利益変更が認められているのか,どんな事情が裁判で考慮されているのかみてみましょう。

平成28年10月25日大阪地裁判決の事案ですが,学校法人における教職員の人事制度の就業規則の変更(平成25年)により,退職金が減少した職員が,旧就業規則に基づく算定による退職金との差額の支払いを学校法人に対して求めた事件です。

①不利益変更の必要性

「経営状態が悪化したからといって,直ちに労働条件を不利益に変更することが許されるわけではないが,他方で,経営状態の悪化が進み,末期的な状況にならない限り,労働条件の改正に着手することが許されないものではなく,むしろ,末期的な状況になってからでは遅い。」

・経営状況 消費収支で大幅な支出超過,キャッシュフローで5年以上赤字,数年後に手元資金がなくなる見通し

融資は通らず,特定資産は取り崩して大幅減少

→経営状況は非常に悪化していたと言わざるを得ず,経営状態が改善されなければ最悪には解散をも視野に入れざるを得ない状況

・学校法人の経営内容,経営努力

支出の大半は人件費,収入の大半は学生の納付金,補助金は変動してあてにできない,少子化で学生の増加も見込み乏しい

→収入の増加は簡単に見込めないので,支出を削減するしかない

支出の見直し(役員数減少,役員報酬減額,定期昇給の停止,手当削減,希望退職者募集等)実施のみでは不十分

→抜本的な賃金体系の変更が必要

平成18年から財政状況が芳しくないとして財再再建に着手,組合への説明,協議

→漫然放置してきたのではない

労働者の被る不利益の程度 退職金支給率10%以上減少

→不利益大

② 変更内容の合理性,相当性

最低比率補償

→激変緩和措置

職群資格取得により昇給

→代償措置

同一地域内での同業他社等との比較

→退職年数に応じた支給率としては高い方

労働組合に対し,本件不利益変更の7年以上前から説明,その後も適宜説明・協議実施,資料も一定開示

→組合に対する対応において,説明・態度は適切,誠実

概略,以上の個別事情を総合考慮して,不利益変更を有効とし,請求を棄却しました。

考慮事情としては,個別の事案での変更の経緯やその事業者の経営内容,経済状況を詳細に検討することになります。

不利益変更を検討されている場合は,労働者の同意がなくても有効になるように事前の検討,準備が必要不可欠です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人身事故の処罰規定が新設・施行されました①

「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が,平成26年5月20日に施行されました。

近年,自動車運転による死傷事件の件数は減少しているものの,無免許運転や飲酒運転による悪質な事故が発生していることは社会問題になっていました。

そこで,これまで自動車運転により人を死傷させる行為は刑法により規定されていたものを独立させ,特別法として新設されました。

内容としては,2条で,まず,従前からある危険運転致死傷罪(アルコール又は薬物の影響,高速度運転,運転技能を有しない者の運転,妨害・接近運転)に加えて,新たに

6項 通行禁止道路を進行し,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

が制定されました。 なお,通行禁止道路とは,

車両通行止め道路,自転車及び歩行者専用道路,一方通行道路の逆走,高速道路の反対車線,安全地帯,立ち入り禁止部分

です。長崎では,路面電車の電停等も立ち入り禁止部分になりますから,要注意です。

次に,従前の危険運転致死傷で制定されていたアルコール又は薬物の影響下の事故については,条文上の要件が厳しく,なかなか適用のハードルが高かったので,実務上問題となっていました。

そこで,新たに,3条1項において

アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態

での死傷事故については,従前の自動車運転過失致死傷罪よりも重く処罰する規定を設けました。

なお,従前の危険運転致死傷であり本法の2条1項で規定されているのは,「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為」ですので,行為者が自分が正常な運転が困難な状態になったことを認識している必要があったので,この主観面の立証が非常に難しかったのですが,新設された3条1項では,この主観面の要件が必要なくなりました。

なお,本法3条2項も新設で,「病気」の影響により正常な運転に死傷が生じるおそれがある状態(この状態であることの行為者の主観的認識必要)での運転を同様に処罰するものです。

 

個人再生手続とは

債務整理の一つに個人再生というものがあります。

自己破産のように債務が全て免責されるというものではなく,大幅に減額してもらった額を3年から5年かけて分割払いしていくというものです。

この手続きの大きなメリットは,住宅ローン以外の消費者金融等の債務は大幅に減額してもらい、住宅ローンに限って今まで通り支払うことを裁判所に認めてもらう住宅ローン特則という制度を使うことができれば(一定の条件があります。),住宅を手放さないことができることです。

個人再生手続の利用要件は,次の①から③となっています。

  ①個人の債務者で,

  ②将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがあり(給与所得者等再生手続については,さらに,給与又はこれに  類する定期的な収入を得る見込みがある者であって,かつ,その額の変動の幅が小さいと見込まれることが必要),

  ③再生債権の総額(住宅ローン等を除く。)が5000万円以下である。

 

また,個人再生手続により,債権者に対して,最低限返済しなければいけない額は,次のとおりです。

但し,これらの最低返済額は,財産の状況などによって変わる場合があります。

また,自宅を残すために住宅ローン特則を利用した場合,住宅ローンは,次の支払いとは別途支払続ける必要があります。

 ア 小規模個人再生手続の場合

   およその目安ですが,再生債権の総額(住宅ローン等を除く)に応じまして,その総額が

    100万円未満の場合→総額全部

    100万円以上500万円以下の場合→100万円

    500万円を超え1500万円以下の場合→総額の5分の1

    1500万円を超え3000万円以下の人→300万円

    3000万円を超え5000万円以下の人→総額の10分の1

 イ 給与職者等再生手続の場合

   自分の可処分所得額(自分の収入の合計額から税金や最低生活費などを差し引いた金額)の2年分の金額と上記アで算出し  た金額とを比較して,多い方の金額となります。

 

 

 

 

 

自筆証書遺言①

自筆証書遺言については,民法968条1項において,「遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。」と定められています。

この規定から,自筆証書遺言の要件は,①全文の自書,②日付の自書,③氏名の自書,④押印の4つであることが分かります。

まず,要件①についてですが,「全文」とは,遺言書の実質的内容である遺言事項を書き表した部分,つまり本文のことです。

そして,「自書」とは,遺言者が自らの手でこれを筆記することを意味しますが,何らかの事情で手で文字を書けない人については,口や足で書いた場合も,これを自書とみて差し支えないとされています。パソコン等を用いて記載したものは,この「自書」の要件を欠き,無効とされます。また,他人の代筆によるものは,たとえ遺言者が口授するところを逐一筆記したものであっても,「自書」とはいえませんので,無効となります。

それでは,病気その他の理由に寄り手が震えるなどして文字を書くことが困難な場合に,他人の添え手による補助を受けて遺言が作成された場合は,「自書」の要件を充たすといえるでしょうか。

この点について,最高裁は,原則として当該遺言は無効であるとしつつ,「①遺言者が証書作成時に自書能力を有し,②他人の添えて賀,単に始筆もしくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか,又は遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されており,遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり,かつ,③添えて賀右のような態様のものにとどまること,すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが,筆跡の上で判定できる場合には,『自書』の要件を充たすものとして,有効であると解するのが相当である。」と判示しています(最判昭和62・10・8家月40・2・164)。

次回も,引き続き,自筆証書遺言について,ご説明します。

 

 

 

メールの閲覧・監視はパワハラか

会社で従業員個々人に業務用のメールアドレスを保有させて社内及び社外取引先との連絡に使用するのは最近当たり前となってきました。

メールはデータの送受信も可能であり,大変便利である一方,私的メールの横行など会社としては悩ましい問題も発生しています。

そのため,会社が従業員個人のメールを閲覧・監視するケースもありますが,この監視・閲覧行為が違法になるケースがあるのでしょうか?

社員間の私的メールの送受信の閲覧・監視行為について,裁判所(東京地判H13.12.3)は,社員に一定のプライバシー権を留保しつつ,社内メールは一定の範囲でサーバーや端末に残り,社内のシステム管理者が存在して,ネットワーク全体を適宜監視して保守点検しているという電話とは異なるメールシステムの特性を指摘し,電話の場合と全く同程度のプライバシー保護を期待することはできないとした上,社内メールの場合は,「監視の目的,手段及びその態様等を総合考慮し,監視される側に生じた不利益を比較衡量の上,社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り,プライバシー権の侵害となる」と違法になる場合を限定しています。

その具体例としては,職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任にない者が行った場合,同立場にある者でも好奇心からなど不当な目的があった場合,又は監視の事実を秘匿して個人の恣意に基づいて監視した場合などが挙げられています。

また,社内で誹謗中傷メールの送信者特定のための調査行為のために会社が所有管理するファイルサーバー上のデータ調査を行った行為について,裁判所(東京地判H14.2.26)は,個人の私物を保管させるロッカー等のスペースとは異なり,業務関連情報が保存されているものであり,ファイル内を含めた調査は,その目的,手段,合理性,必要性等を考慮し,社会的に許容しうる限度を超えて違法にならない旨判示している。

上記二つの裁判例のとおり,会社は正当な理由や必要性がある場合は,閲覧・監視行為が可能です。

もっとも,従業員との無用なトラブル防止のために,私的メール等の横行が明らかで,職場秩序が乱れている場合などは,従業員に対してあらかじめ定期的に監視する旨警告するなどの配慮をしてはいかがでしょうか。

 

養育費が支払われなかったら

公正証書や裁判所による和解・判決により養育費の額が決まったのに,相手方から支払ってもらえないということがよくあります。

そのような場合,相手方の給料を差し押さえて強制的に養育費を支払わせることが可能となります。

しかも,養育費の場合,他の債権とは異なり,非常に強力な制度となっています。

まず,養育費の差押が出来る範囲が,毎月の給料の2分の1まで可能となっています。他の債権であれば,給料は4分の1までしか差押ができませんから,非常に有効です。

さらに,支払期限が到来した未払いの養育費と併せて,支払期限の到来していない将来分の養育費についても,一括して申立てをすることが認められています。
つまり,支払期限が到来済の未払いの養育費について差押えをする際に,併せて,まだ支払期限が未到来の将来分の養育費についても差押えの申立てをしておけば,この一度の手続きで,養育費の支払いが終わるまで,毎月給料から天引きされることになります。

ただ,差押の申立てがなされると,相手方の職場に差押の通知が郵送されますので,それが原因で,相手方が解雇や自己退職に追い込まれる可能性がないとはいえません。そうなると,相手方の収入が減少するということになりかねませんので,その点は慎重に判断をする必要があるでしょう。