就業規則の不利益変更

給与や退職金などを会社の業績等から減額する方向で変更せざるを得ないとき,既存の就業規則の変更が必要になります。

就業規則で,従業員に不利益にその内容を変更することについて,従業員や労働組合が承諾した場合は問題ありません。

しかし,不利益を被る労働者がそう簡単に同意するとは限りません。

その場合,個々の従業員や労働組合の同意のないまま,就業規則の不利益変更をできるでしょうか?

この問題については,古くから議論されていますが,今でも事業者の悩みの種です。

最高裁(大法廷,昭和43年12月25日判決)は,「就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない」としつつ,「当該条項が合理的なものである限り,個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として,その適用を拒否することは許されない」としています。

そして,最高裁(第一小法廷,平成12年9月7日)は,合理性の判断について,「当該変更が,その必要性及び内容の両面からみて,これによって労働社が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有する」ことが必要としています。

特に,労働条件の中核である賃金や退職金などについての不利益変更はこの合理性の判断のハードルが高く,

① その不利益を労働者に法的に受任させることを許容することができるだけの高度の必要性

② ①の必要性に基づいた合理的な内容

を要件としています。

では,給与規程等の不利益変更の場合,実際にどういう場面で同意がなくても不利益変更が認められているのか,どんな事情が裁判で考慮されているのかみてみましょう。

平成28年10月25日大阪地裁判決の事案ですが,学校法人における教職員の人事制度の就業規則の変更(平成25年)により,退職金が減少した職員が,旧就業規則に基づく算定による退職金との差額の支払いを学校法人に対して求めた事件です。

①不利益変更の必要性

「経営状態が悪化したからといって,直ちに労働条件を不利益に変更することが許されるわけではないが,他方で,経営状態の悪化が進み,末期的な状況にならない限り,労働条件の改正に着手することが許されないものではなく,むしろ,末期的な状況になってからでは遅い。」

・経営状況 消費収支で大幅な支出超過,キャッシュフローで5年以上赤字,数年後に手元資金がなくなる見通し

融資は通らず,特定資産は取り崩して大幅減少

→経営状況は非常に悪化していたと言わざるを得ず,経営状態が改善されなければ最悪には解散をも視野に入れざるを得ない状況

・学校法人の経営内容,経営努力

支出の大半は人件費,収入の大半は学生の納付金,補助金は変動してあてにできない,少子化で学生の増加も見込み乏しい

→収入の増加は簡単に見込めないので,支出を削減するしかない

支出の見直し(役員数減少,役員報酬減額,定期昇給の停止,手当削減,希望退職者募集等)実施のみでは不十分

→抜本的な賃金体系の変更が必要

平成18年から財政状況が芳しくないとして財再再建に着手,組合への説明,協議

→漫然放置してきたのではない

労働者の被る不利益の程度 退職金支給率10%以上減少

→不利益大

② 変更内容の合理性,相当性

最低比率補償

→激変緩和措置

職群資格取得により昇給

→代償措置

同一地域内での同業他社等との比較

→退職年数に応じた支給率としては高い方

労働組合に対し,本件不利益変更の7年以上前から説明,その後も適宜説明・協議実施,資料も一定開示

→組合に対する対応において,説明・態度は適切,誠実

概略,以上の個別事情を総合考慮して,不利益変更を有効とし,請求を棄却しました。

考慮事情としては,個別の事案での変更の経緯やその事業者の経営内容,経済状況を詳細に検討することになります。

不利益変更を検討されている場合は,労働者の同意がなくても有効になるように事前の検討,準備が必要不可欠です。